【大空浪漫】が見させてくれたロマン

漫画

【大空浪漫】が見させてくれたロマン

大正時代を覗いて見たいとは思わない?

大正ロマンとか、大正デモクラシーとかで表現される時代だが私は大好きな時代だ。

因みに大正ロマンとは、大正時代の雰囲気を伝える思潮や文化事象を指して呼ぶ言葉だ。

大正浪漫とも表記される事もあるが、『浪漫』という字は夏目漱石によって付けられた当て字だ。(笑)

そして、大正デモクラシーとは概ね大正年間に起こった、政治・社会・文化における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の総称だ。

文中に『民本主義』とあるが、『民主主義』とは主義が多少異なり、人民多数のための政治を強調する主義を言う。

この漫画はこんな時代を背景にした学生達の物語で、恋あり、恋あり、恋ありの様々な恋の物語を描いてはいるが、学生運動の始まりともいえる校長排斥運動や、当時の学生の海外への強いあこがれに付いても触れられている。

この漫画3人の学生が織りなす物語だが、トリオを主人公にした漫画やドラマ、映画はそのジャンルを問わず多岐に渡って多い。

トリオと言うのは、それぞれの違った個性を比較させる事により、その個性を際立たせたり、更には上手く調和させる事により絶妙のバランスが生まれるから、物語の面白さも3倍で伝える事が出来るのだろう…と私は思う。

コンビでの物足りなさを補ってもくれる。

そのトリオと言えば、私の大好きな映画『グローイングアップ』シリーズや、やはり同じ時代のテレビでは『ふぞろいの林檎たち』で、現代で言うなら『ズッコケ3人組』とか『ばけばけ』と言ったところだろうか!?

さて今回の『漫画大学院』では、冒頭からたくさん勉強をしてしまったが物語に入る。

山形の造り酒屋の息子、白木涼一が上京して来るところから始まる。


漫画の中では具体的に触れてはいないが、T校生18歳と言う設定になっているが、これは東京帝国大学のいわいる予備門である第一高等学校を指していて、ここの卒業試験をパスすると東京帝国大学へ進学が出来ると言う当時の制度のはずだ。

『はずだ』と書いたのは調べても詳細まではわからなかった。(苦笑)

時代は明治時代に遡るが、私の好きな生物学者(粘菌学)南方熊楠は、この予備門で苦手な数学(台数)の試験に落ちて落第した為に、予備門を辞めてアメリカに留学している。

どう言う訳か『漫画大学院』の講義は続いてしまっている。

さて、本当に物語に戻る。

この白木の下宿するところに、下宿屋の息子で一学年上の赤羽比呂志と下宿生の青海和彦がいる。

それで、このトリオに様々な恋模様が展開されて行く。

下宿屋の娘で赤羽の妹、夢美やいろいろな女性から好かれる真面目な白木

赤羽は恋には一途で一人の女性を愛し通す。

逆に青海は八方美人で、いろいろな女性に恋をするが最後の恋は激しく真剣だ。

彼等が良く行く『カフェ』は明治時代に始まり最初に出来たのは上野の『可否茶館』で1888年4月13日

喫茶の日が4月13日なのはこの店の開店記念日から取られたものだ。

いかん、また私の講釈が始まってしまった。

でも、今回はとても勉強になるな?

因みに物語の中では『ミルクホール』も登場するが、日本初の『ミルクホール』は『カフェ』よりも早く1872年だ。

ただそれしかわかっていないので、最初に出来た『ミルクホール』の名前はきっと『ミルクホール』に違いない。(苦笑)

でも、こんな名前の茶店が出来たら私だったら絶対に行くな!?

名前のレトロ感だけでついつい惹かれてしまう。

何か脇道に逸れっぱなしだが、この漫画では寮生活の事も描かれている。

今とは随分と勝手が違う。

まず寝るところは何十畳もある大部屋だ

全くプライバシーの保護がされていない緊急時一時避難所の様だ。

それが、古くて汚くて臭いと言う3拍子揃っている。

古くて汚くて臭いと言えば彼等の格好は皆バンカラだ。

バンカラの典型的な格好は弊衣破帽だ。

これは、着古し擦り切れた学生服(弊衣)・マント・学帽(破帽)・高下駄、腰に提げた手拭い、長髪などを特徴とするスタイルだ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/15/%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E6%9C%9F%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F.jpg/220px-%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E6%9C%9F%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F.jpg
出典:Wikipedia

第一高等学校を中心とした旧制高等学校の生徒が流行の発端なのだが、正にこの物語の舞台となった高校だ。

私はこの時代がとても好きなのだがこの格好にも憧れた。

この漫画を読んだのがちょうど大学時代。
面白いので友達にも読ませてやったら、その友達も夢中になり「バンカラ同好会を作ろう」と言うほどにまでなってしまった。

「よし作ろう」と言う事になったのだが、当時このマントは既製品では見つける事が出来ずオーダーメイドで10万円近くしてしまったので、アッサリと諦めた。(苦双)

その友達とは、当時出来たばかりの『カラオケボックス』に行って、かまやつひろしさんの『我が良き友よ』を熱唱したものだった。

かまやつひろし 『我が良き友よ』 1975年

私の大好きな歌なのだが、テレビの世界に入りかまやつさんと知り合い、直接かまやつさんからこの歌を歌ってもらった時には感動で身震いしたものだ。

とても優しく本当にいい人だった。

下の写真は、かまやつさんの『お別れの会』で、友達のはなわちゃんと、ゴルフ仲間のモト冬樹さんと一緒に撮ったものだ。


そして『闇鍋』だ。

その歴史は平安時代に遡り、宮廷社会において、参加者が各々1品料理を持参する『一種物(いっすもの)』と呼ばれる持ち寄りの宴会がルーツの様だ。

ここで言う『闇鍋』とは通常は料理に使わない素材を各々一品持ち寄り、それを暗闇の中で料理し、一度自分の皿に取ったモノは食べなければならないと言うのがしきたりだ。

実際には食べられる食材ですることが多い。

蛙とか、蝉とか、竹刀(?)とかだ・・・(笑)

私がこの『闇鍋』を知ったのは小学生の時に見た、アニメの『巨人の星』だ。

伴忠太が、下駄だったか、長ぐつだったかを食べていたのを薄っすらと覚えている。

食事というより、イベント性の強い当時の遊びの一つだな!? 

更には、『ポンチ絵』『講談本』までが登場する。

『ポンチ絵』は1862年に横浜でイギリス人のチャールズ・ワーグマンによって創刊された漫画雑誌『ジャパン・パンチ』に由来する。

『20世紀最大の文化である漫画』のルーツがここである。

このパンチが訛ってポンチになった。

『平凡パンチ』が創刊されるまで訛っていて欲しかったが!?(笑)

もうここまで説明だらけなので、その流れになってしまうが、『講談』とは、演者が高座におかれた釈台と呼ばれる机の前に座って、張り扇でその釈台を叩いて調子を取りながら、軍記物や政談など主に歴史にちなんだ読み物を観衆を前にして読み上げる日本の伝統芸能のひとつでそれが本になったモノが『講談本』だ。

説明だらけなので漫画の内容を伝える事が出来ていない気がする。(苦笑)

ついでに『廓(遊郭)』の説明もしなくてはならなくなるので覚悟しておいて欲しい 。

T校の文化祭で花魁道中をやる事になった。

その準備の最中に、T校生二人が廓通いがバレて停学になる。

「校長も通っているので何故だ?」と言う事で学生達の間で反発が広がる。

校長は「私は行っていない」と言い張る。

ところが青海のクラスに廓の息子がいて、それが校長の通っている廓だったのだ。

花魁道中が終わり校庭に集まった学生達の前でその廓の息子が真実を言う事で校長の嘘がバレる。

それで校長の排斥運動が始まる。

これが学生運動の始まりとも言われている。

当時、廓の子供は差別を受けていたので、彼の取った行動は賛美される事になる。

因みにの成立は安土桃山時代とされている。

以降、第二次世界大戦後の昭和21年にGHQの指令により公娼制度が廃止されるまで続くのだからたいしたものだ。

実際には遊廓はほぼそのままの通称で呼ばれる地域として存続した。

しかし、昭和32年に売春防止法が成立し、昭和33年4月1日の同法の施行と共に公娼地域としての遊廓の歴史は完全に幕を閉じることになったのである。

だが、その後の『トルコ風呂』からの『ソープランド』はいったい何なんだってな事になるが、字義どおりにはトルコ風の浴場という意味で、具体的には『個室付特殊浴場』の事を言う。

だから、あそこはあくまで浴場なのだ。

それにしても、何て高い浴場なんだろう。。。。。

欲情するからだろうな!?(コホン)

さてエンディングだ。

物語の途中から青海満州熱が始まるのだが、私の時代は皆アメリカに夢を抱いたものだが、この時代は満州だったのかと感慨深く読んだ。

日本人は、どうしても海の向こうに魅力を感じてしまう。

やはり島国だからなのだろうか?

ただ、その強い様に思う。

江戸の頃より坂本竜馬が海の向こうを目指した様に。。。。。

この物語の最後は青海が真剣に好きになった小説家の女性、今野陽を連れて満州に旅立つところで終わる。

ボートに彼女を乗せて一生懸命に漕いでみんなの前からいなくなるのだが、あれで満州まで行けるはずがないがあれでいいんだな・・・!?

そこが…浪漫だ!

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