【私設昭和文学】永井荷風を読む。

漫画

【私設昭和文学】永井荷風を読む。

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この漫画は、永井荷風、太宰治、坂口安吾、梶井基次郎4人の文士の生き様を描いている。

いきなり私ごとだが私は読書嫌いだ。

これはたぶん自慢になるので短く済ませるが、小学校の時の読書感想文では本を読むのがかったるくて『あらすじ』を読んで書いた感想文が最優秀賞をもらってしまった事がある。

読書嫌いは子供の頃からだから、これまで生きて来て読破した小説は、おそらく20冊もないだろう。

ただ、読まないからと言って、書けないって事はない。

こんな私が、書く事を生業として来たのだから『漫画大学院』が漫画だけを読んでいても、取り敢えずは生きて行ける事は証明出来る。(笑)

物語に入るが、こんな私なのでこれら文士の小説はもちろん読んだ事はない。

だが、文士の生涯は良く漫画になるので、それは必ず読んでいる。

文士の生き様を知るのは大好きだ。

変わった人も多いしね⁉︎(笑)

…と言う訳で、この4人の中で私が特に興味を持ったのが永井荷風だ。

多少知ってもいる。

何歳になっても、ハイカラーのシャツにボヘミアンネクタイという洒脱な服装で浅草に日参していた言う文士だ。

         浅草

レストラン『アリゾナ』11:30

永井荷風』必ずこの時間にこのに来て、ビール1本エビフライカレーを注文する。

最初の一杯だけは必ず店のウエイトレスに注がせ、あとは手酌で最後の一滴まで飲み干す。

半月くらいは毎日同じ物を注文する。

食べ終わると観音様でおみくじを引き、大吉が出るまで引き続ける。

因みに私は、無宗教で無神論者…と、そこまで強烈な主張を持っている訳ではないが、神社仏閣に行く事がほとんどないので、一度もおみくじを引いた事がない。

どっちが変わり者かは読者にお任せする。

そして、これも日課にしているのが浅草六区のストリップ劇場の楽屋通いだ。

ロック座(ロックざ)は、東京都台東区浅草二丁目にあるストリップ劇場。1947年8月15日創立。客席数129席。運営は東興業株式会社。現存するストリップ劇場では最大手にして最古参である。全国に同名のストリップ劇場が存在していたが、当劇場の系列店がほとんどであった。そのため、当劇場も浅草ロック座と称している。

出典:https://ja.m.wikipedia.org

下足番『三吉』が荷風を出迎え茶を差し出す。

その茶を啜りながら、70歳にしてストリッパー達と楽屋で戯れる荷風

そんな荷風が夜の街を歩いていると、女性から「あたいを買ってよ?」と声を掛けられる。

コートを開げると既にだ。

いきなり乳房を鷲掴みにして「おまいさん…18…いや19歳ってところじゃねぇですか?」と言うと、女性は「なぜわかるの?」と驚く。

「買いましょう?いくらですか?」と荷風が言うと「500円欲しいけど…300円でいいわ!」と荷風に目を背けて言う女性。

続け様にお腹を「グウ」と鳴らし、恥ずかしがっている。

因みに昭和23年当時の公務員の初任給は2千円くらいだ。

荷風はその女性に夕食をご馳走する事になる。

女性は「どうしてそんな変な格好をしているの?」と尋ねる。

確かに荷風は、ちゃんと三つ揃いを着てネクタイまでしているのに格好がアンバランスだ。

荷風は「傘はいつ雨が降ってもいい様に持っている。買い物カゴは何でも入って便利。下駄は私は背が高く足も大きいので合う靴がない」と答えると、逆に女性に名前を聞く。

女性が「『ナナ』って呼んで!好きな小説から借りた名なの?」と言うと、荷風は「エミール・ゾラの『女優ナナ』だね?」に驚くナナ。

更に荷風が「あれを最初に訳したのはボクです」と言うとナナは感激してしまう。

食事が済んでナナを連れ出す荷風。

連れてったのはストリップ劇場

ナナは「へ…変態!こんなところで出来る訳ないでしょう!」と狼狽る。

「ナナ、元は良家のお嬢さんだったろう?わざと娼婦言葉を使っているが、ボクには直ぐわかる。飯の食い方やちょっとした仕草、そして何よりもその身体付きでな」と荷風が言うと「何故そんな事がわかるの?」とまたまた驚くナナ。

「わかるさ、この永井荷風だてにこの年になるまで遊び続けて来たわけじゃない。おまいさんはたった今から娼婦はやめだ。おまいさんは浅草六区一のストリッパーに生まれ変わるんだよ」と言う荷風に「ストリッパー…それって女優?」と目を輝かせて言うナナに荷風は一言「うむ」と答える。

踊り子としてストリップ劇場の舞台に立ったナナは、たちまち浅草六区の人気者になっていった。

長い泥沼の戦争に傷付き、まだ戦後の混乱期に疲れ果てている男達にとって、ナナの屈託のない笑顔と、日本人ばなれしたのびやな肢体は、それはとてもまばゆいものだった。

ところが、、、

ナナは失踪する。

男をつくって逃げてしまったのだ。

ポンポン船の波止場で、肩を落として歩く荷風に声を掛けたのはナナだった。

「どうしてもお別れを言いたくて…先生が来ていれば必ずこの道を通ると思ったから…」

「ナナ…一人かね?」
 
「いえ」と言ってナナの目の指す方向には三吉がいて、荷風に頭を下げている。

「迂闊だった。ボクとした事が…気付かないとはね。いつから?」と尋ねる荷風。

「3ヶ月前から…何度も先生に打ち明け様と思ったんだけど…わたし…赤ちゃん出来たの」

「男がナンバーワンの売れっ子ダンサーを連れて逃げたと言って、まだ若い衆達がおまいさん達を探している。早く行きなさい。二度と浅草に帰って来ちゃいけませんぜ」と言う荷風の言葉に涙を流して「先生…ありがとう」と言うナナ。

ポンポン船は『ポンポン』と言う音を残して二人を乗せていなくなった。

荷風の『老いらくの恋』は終わる。

三吉は戦争に行って顔に大きな怪我をするが、怪我をする前は文学青年で永井荷風の小説の大ファンであった。

その後、荷風は第11回文化勲章受賞日本芸術院会員にも選ばれる。

昭和34年4月30日千葉県市川市の自宅にて、胃潰瘍の吐血から心臓発作を起こし死亡しているのを通の家政婦に発見される。

〜享年79歳〜

孤老の晩年ではあったが、部屋の傍らにあったボストンバッグには2,000万円を超える遺産が残されていた。

現在の金額に直すと約20億円になる。

さて、永井荷風と言えば切っても切り離せないのがストリップだ。

今回の『漫画大学院』では、このストリップの話をしたい。

日本最初のストリップ興業は1947年、東京は新宿の帝都座5階の演芸場で演じられた。

踊りを見せるのがメインで、実際にストリッパーが全てを脱いでいる時間は30秒ほどだったが、余りの衝撃に客が殺到し劇場前の階段は人で埋め尽くされていたと言う。

それが戦後間もない1947年(昭和22年)の事だ。

翌年、その波はこの物語の舞台にもなる浅草へも広まって行く。

私が初めてストリップを見たのは小学6年の時で、見たと言ってもそれは11PMと言う深夜のテレビ番組での事だ。

よくもやってくれたよ、大橋巨泉』さんと言ったところだろうか⁉︎(笑)

劇場で初めて見たのは大学一年の時。

それが、先輩に連れられて見に行った渋谷の道頓堀劇場で、突き出たステージの周りには椅子席が5列ほどありその後は立ち見になるのだがその立ち見客のまた後ろの方なので、なかなか見る事が出来ない。

だから、ストリップの合間のコントしか見ることが出来なかったのを覚えているのだが、その時に出演していたのがコント赤信号だった。

私がテレビの中でストリップをやろうと思ったのが、テレビ朝日の深夜25時から始まるプレステ−ジと言う番組。

低俗性に挑戦出来る深夜ならではの番組と思ったのだが、やはり時代が許してくれずストリッパーをゲストに呼んでのトークショーに終わったのだが、その時にスタジオ来てくれた影山莉菜は当時のストリップ会のアイドル

私はファンになってしまい写真集まで買ってしまった(照)

仕事で行った海外で見たストリップは凄かった。

行ったところはアメリカのサンフランシスコだったのだが、風光明美な街の様子とは相反し夜のショービジネスはスケールも大きく、アメリカでストリップといえばサンフランシスコと言うくらい伝統がある。

コーディネーターから「その昔はダンサーが空中ブランコをしながら一枚ずつ服を脱いでいった」と聞かされた。

私達がコーディネーターに連れらって言った頃は、ストリップは既に地下でのショーに変わっていたのだが、食事をしながらテーブル席で見られると言う点では、やはり日本とはまた違った味わい方(!)だった。

内容も全く違っていて、男性女性が最初から合体したまま出て来て、アイスダンスの様に最後まで離れずに踊りを踊っているモノとか、、、

ユルプリンナー…でわからなければクロちゃんかな、そんななスキンヘッドの男が、頭にオイルを塗って口にスキューバダイビングの様なホースを咥えて裸の女性を肩車して出てくるのだが、その女性を頭の上に乗せたかと思うと女性の性器が男性の顔をスッポリと覆い、そのまま女性にナビゲートされて下手に消えて行くとか、、、

ただ、その夜一番ウケたのは派手なショーの合間の地味だか凄い芸(?)だった。

服を来た男性が上手から登場し社会の窓だけ開けて黙って直立不動で立っている

するといつのまにか社会の窓から一物がダラリと飛び出し、それが次第に大きくなって我々の方に向かってそそり立つ。

するとそこから男性は一切手も何も触れる事なく射精をし、した後は当然萎んでいくのだが、男性はその萎みに合わせて我々に対して深々とお辞儀をして一物をブランブランさせながら下手に消えて行くと言うモノ。

男性の皆さん、絶対に出来ないですよね?

これは、本当に自慢にならないのだが、私には絶対に無理だ!(泣)

泣く必要もないのだが。。。

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